靴をパーにした

何でも富士登山マラソンに出たいからと山岳会に来たのだが、山に行って空荷だと滅法速かった。

富士山を走って登ろうと言うような奴だから心肺機能はスゴイのだろうが、荷物を持たせるとこれがカラッキシで皆に笑われていたな。
同い年では後に船橋のウチに棲みついて半年ぐらい同棲したY(通称)は紅一点だったか。

一番最初に丹沢に連れて行ってもらった時はFさんにSさんと3人だった。
道具もロクに持っていない上に貧乏学生の小生は買ったばかりのジョギングシューズで丹沢に泊まり掛けで行き1回で靴をパーにした。
FさんとAさんが小生の山の師匠だろうか、3人で結構伊豆に行った覚えがある。
城ヶ崎に幕岩、東京が雪でも城ヶ崎は春みたいな感じで冬場は専ら電車で行った。
キセルして無人駅に最終で降り、近所の民家と言うか別荘の軒先を勝手に拝借して翌朝1駅だけ戻ると言うような技を使っていた。
何せ伊豆に行くのに往復で数千円は必要だからそんな金があればその日の寝る前の人間用ガソリンになるのが習いだった。

他には今でも時々電話が来て仕事をさせられるペンキ屋に巨漢のK、女性はアラレさんにY(先程の女性でアラレに対してヨダレと小生が名付けた)、更にはミゾレさんまでいた。
ミゾレさんは当時、日テレの番組で世界最大の洞窟に登りにではなく降りに行って皆から「懸垂の鬼」とか呼ばれていた。